14階

 人気グループの解散コンサートを見に上京した二人の少女が、コンサートの後飛び降りて自殺したというニュースを、私は父から聞いた。遺書には「死にたい理由もないけれど、生きる理由もない」というような内容のことが書かれていたという。
「そんなに簡単に死ねるものかな」と父は言った。私が少し前までバンドを追うことに自分のすべてを注ぎ込んでいたから、父は私にその話をしたのだろう。私は少女達の気持ちが解る、ような気がしたがそう言ったら父が傷付くかも知れないと思って言わなかった。「死にたくなるときがある」と口走って母が酷く傷付いたからだ。
 かわりに私は言った。
「その子たちが死んだ理由はプラスじゃないんだよ。野猿が好きで好きで、それが解散したことが死ぬほど悲しかった、っていう積極的な理由で死んだんじゃないと思う。たぶん、マイナスだったんだよ。生きていく理由も目的もない、将来の展望もない、やりたい事もない、ただ野猿がいるから、とりあえず生きてようかな、って毎日過ごしてて、その野猿も無くなったときにああもう何も無くなっちゃった、って凄く消極的に飛び降りちゃったんだよ。野猿の解散はきっかけかも知れないけど理由じゃないよ」
 ……いつのまにか私が喋っていたのは自殺した少女達のことではなく、ある時期の私の話になっていた。
 私は14階建ての建物の4階に住んでいる。屋上には鍵がかかっていて出られない。
 リストカットは痛いだけで死ねないと知っていた、ずるくて怖がりの私は、手首にカッターナイフを当てるかわりに14階の踊り場へ上ってそこから下を見た。
 私が死にたかったのは思春期に罹る病気のようなものだろうと思う。だから本当に死んでしまった少女達の死について解ったような顔をして語ることなんて出来ない。だけど、一方的にだけれど、私は彼女達の遺書に共感してしまった。
 あの遺書に書かれていたのと同じ動機で私も「死にたい」と思っていた。
 死にたい理由なんて無かった。私は苛められていた訳でも家庭に問題があった訳でも失恋した訳でも無かった。死にたくなる程辛いと言える事なんて何一つ無かった。それでいて、この先生きていくことを思うと絶望した。大学へいくことも就職することも結婚することも私には出来ない事だと思った。
 死にたくはなかったけれど生きていたくもなかった。生きていくということが面倒で面倒で堪らなかった。ただそれだけだった。
 そんな中で、明日のミュージックステーションにはグレイが出るからそれを見るまでは生きていようと私はそういうふうに真剣に思って日々を送っていた。くだらない、本当に取るに足らないTVや何かの些細な事を理由にして私は生きていた。2ヶ月先にはライヴがある、だからそれまでは生きていられる。来月には新曲が発売される、だからそれまでは生きていよう……
 実際生きている理由なんてそんなものじゃないのかと投げ遣りに思っていた時期もある。そんなものでいいんじゃないのかとも思っていた。どんなささやかなものだって、それでこの世に繋ぎ止められているのならそれでいいんじゃないだろうか……
 そしてそれは生きがいなんていう大層なものじゃないのだと思う。

 14階から下を見ると怖くて足が竦む。想像しているより地面は遙かに遠く、その高さには何度上っても慣れられない。簡単に飛び降りられるようなつくりになどなっていないから、飛び降りようと思ったら階段室の小さな窓によじ登ってそこから身を投げなければいけない。よじ登ろうとして足を滑らせたらそこでお終いなので、私はそれが怖くて窓にさえ到達出来ない自分を確認し、ああやっぱり死ぬ気なんてないんだ、私はただの意気地なしなんだと思い直してエレヴェーターで下へ降りる。
 飛び降り自殺はとても間違いのない自殺の方法だと思う。助かる可能性なんて無い。それを選び、飛び降りた少女達の心のなかなどやっぱり私には解らない。解る筈がない。
 でも、それでも、もどかしい程に私は彼女達を思ってしまう。
 解散コンサートはきっかけでしかない、理由じゃない、それは勝手に確信している。そんな理由で人は死ねない。あんなに熱狂的なファンを抱えていたLUNA SEAだって、十代の女の子を惹きつけてやまなかったJUDY AND MARYだって、解散してファンが死んだなんていう話は聞かなかった。熱狂するあまり殉死するように死んだというのだけは絶対に嘘だ。「そんな理由で死ぬこと無かったのに」というような言い方は多分違う。そんな理由で死んだんじゃない。
「二人だったから死んじゃったんだろうね」母がそう言っていた。そうなのだろうか。友達と一緒だったから、後に引けなくなってしまったのだろうか。だとしたら私はそれが一番悲しい。
 ……彼女達が、お互いにお互いを現世に繋ぎ止められなかったことが。

from 14th floor; 2001.05.22