新宿西口

 携帯電話の回線を解約するために、初めて新宿西口の高層ビル街へ行った。
池袋や渋谷ほど慣れていないとはいえ、新宿にもそこそこ遊びに来るのに、南口や東口には出たことがあっても西には全く来たことがなかった。
 東京の中心をぐるりと囲むように走る都営地下鉄12号線が、全線開通して出来たばかりの新宿西口駅で降りる。改札を出ると、ビルの地下階へダイレクトに通じている地下道が延びている。地下道の終点は三井ビルで、そこまで来ると外の光が見えてくる。
 さっさと用事を済ませて2限の講義に間に合うように大学に行くつもりだったので、午前中の早い時間、10時過ぎくらいだった。地上に出てすぐに階段があって、車道より一段高いところに歩道が出来ていた。歩道に立って顔を上げた私は、目の前の風景に圧倒されて立ち止まった。

 360度パノラマでそびえる、スカイスクレイパーという言葉がよく似合う超高層ビル。中心には静かな威圧感で端座する都庁。暑いくらいに天気が好い日で、見上げると青い空が四角く切り取られていた。
 視界に入ってくるものはどれも鋭角と直線だけで構築され、どのビルの壁面にも規則正しく整列している正方形の窓が無数の鏡面になって、黙って街を映している。
 車は絶えることなく往き交っているから音がしないはずはないのに、しんとしていた。動きも感じられない。静止画像を見ているみたいだ。
 道を往く人達は皆ダークスーツを着ていて、白と黒と灰色の無彩色の中で私のオレンジ色のスカートが酷く浮いていた。

「TOKYO NOBODY」という写真集をいつか見たことがあった。東京の、人が誰もいない瞬間の街の写真ばかり載っている本だ。その写真の一枚に入り込んでしまったような気がした。「おしいれのぼうけん」という童話も思い出した。いたずらの罰として昼寝の時間に押し入れに閉じこめられた二人の男の子が不思議な冒険をする話で、子供の頃好きだった。その話のなかに、車が一台も走っていない高速道路を二人がどこまでも歩くシーンがあって、それはこんな感じだろうかと思ったりもした。ボンベイの遺跡のように、何らかの理由で形をとどめたまま滅んでしまった都市を、遠い未来で眺めているような錯覚にも陥った。
 とにかく生気を感じなかった。
 生きていない都市だと思った。

 こういう街は嫌う人の方が多いのだろうと思う。あとで話をしたとき、母も都庁のあたりはグロテスクな印象で厭だと言っていた。よく解る。けれど、私は何故か嫌いではない。
「人が生きる」ということが完全に排除されている無機的なつめたさ、人間の奢りの果てに生まれた一見完璧な、それでいてどこか間違っている失敗作、そういうものに私はときどき強く惹かれてしまう。
 良くできたジオラマのようなつくりものの街。
 ビルの底から、天に向かって積み上げられている空間を仰ぎながら私はそんなことを考えていた。

 ……ただ、そんな感慨に浸れるスポットはごく狭い範囲だった。目的地を探してさまよっているうちに、特に車道に下りてしまうと、喧噪が瞬時に戻ってきてただの情緒に欠けるビル群でしかなくなった。
 私は入り組んだビルの迷路を40分もうろうろしたあげく、結局目的地を見つけられずに駅へ戻った。予定の時間は勿論大幅にオーバーしていて、授業には最後の15分しか出られなかった。
 それにしても、授業をサボって街を歩いていると何かを見つけることが多い。
 あの死んだ都市をもう一度見たい。
 見たいけれど、同じ場所を再び訪れても、もうきっとそこには何もないのだ、とも思う。

shinjyuku nobody; 2001.04.20