折り鶴

 広島の原爆ドームに捧げられた千羽鶴が燃やされた、というニュースを聞いたのは七、八年前の夏だっただろうか。詳しいことは忘れてしまった、ただ、「また」火をつけられた、と報じていたことはぼんやり覚えている。一度きりの事件ではなかったのだ。
 それからしばらくして、原爆ドームのために鉄製の折り鶴をつくろうとしている人達がいる、という新聞記事を読んだ。二度と燃やされることのないように、と彼らは話していた。

 谷川俊太郎は「千羽鶴」という詩でこんなふうに書いている。「もう折るな不妊の鶴は/祈るだけでは足りない/誓うだけでは足りない」
 祈るだけでは足りない。私もずっとそう思ってきた。湾岸戦争が勃発したときも、ユーゴが空爆されたときも、祈ることしかできない自分が歯がゆかった。
 そしてあのアメリカの同時多発テロだ。あの日TVで、ワールドトレードセンターを真っ直ぐに横切る飛行機の映像をほとんど生中継で見ていた。青い空を背景に崩れ落ちる双子のビルはハリウッド映画のクライマックスみたいだった。戦争になるのだろう、と絶望的に思いながらも、どうか「戦争」という言葉を使わないでくれますように、と縋るように願っていて、ブッシュ大統領が「これは戦争だ」と発言したときには無力感でうちのめされた。
 無力感に耐え切れず、とにかく何かをしなければという衝動で、たまたま大学のある講義で学生が参加を呼び掛けていた「ピースウォーク」に加わった。近隣の商店街や大きな通りを平和を訴えて歩く、という企画で、段ボールに模造紙を貼ってプラカードをつくったりビラを印刷したりと少しだけ準備も手伝った。大学ではどのサークルにも所属していなかった私の唯一の課外活動らしき経験で、楽しかった。それまでにもチェルノブイリの子供たちとの交流会に出たり、元731部隊にいたというおじいさんの話を聞いたりしたことはあったけれど、反戦をアピールする活動は初めてだった。店先に立って、大きくうなずきながら拍手をしてくれた地元商店街のおじさんの姿が今でも印象に残っている。
 ピースウォークが終わったあとも、私はしばらく実行委員会に顔を出していたが、しばらくしてフェイドアウトしてしまった。「自分のなかで勉強したり考えたりすること」を「とにかく仲間を増やすこと」より優先したい私の立ち位置にズレを感じたこともあるし、何より自分が反戦・平和を訴える団体にいるということを家族や仲良しの友だちに言いにくいことに、違和感があった。新入生の勧誘のためにビラを配っていてバッタリ友人に出くわして気まずく思ったこともある。自分のいちばん近くにいる人たちに伝える言葉も持たずに、見ず知らずの大勢に向かって何かを訴えるなんて嘘っぽいと、そう思ってしまったのだ。

 何もできないという無力感は、実際に行動してみて薄れるどころか、いっそう強くなった。所詮は自己満足にすぎないと、虚しくなったことさえある。戦争はむごい。平和は大切。そんなことは皆わかっている。誰が好きこのんで殺し合いなどするものか。それでもなお、戦争は起こる。「平和を守るため」の戦争が、毎日、世界のどこかで。
 運動が無意味だとは思わない。伝えることは大事なことだ。ただ、それが純粋な善意から出たものであれ、鉄の折り鶴のような強さや力を求めていくことに、私は疑問を持つようになった。目には目を、歯には歯を、火をかけるというなら鉄で抵抗する。それ以外の方法はないのだろうか?
 鉄の折り鶴は燃えないけれど、私にはつくれない。技術を持っている人にしかつくれない。私にできるのは、紙の鶴を折ることだけだ。私の折り鶴は簡単に燃やされるだろう。燃やされたら、私はまた折る。燃えない鶴を折ることはできないけれど、燃やされても燃やされても紙の鶴を折り続けることなら、私にもできる、はずだ。そうしていつか、鶴を燃やそうという暴力的な意思そのものを挫くことは、ひどく――もしかしたら、技術を手に入れて燃えない鶴をつくることよりも――難しいことではあるだろうけれど、できないことではない。きっと。
 そういう強さを求めたい。「祈るだけでは足りない」という焦燥や、絵空事だという嘲笑に負けてしまわずに祈り続けたい。折り鶴が燃やされない、戦争がない世界を。  

paper prayer; 2010.08.15