居場所

 幾つぐらいのときだったか、おそらくは小学校にあがる前、伯母の家にひとりで滞在したことがあった。そのときは一週間近くも泊まったような気がしたが、実際には二、三日だったのだろう。
 伯母と母は仲の良い姉妹で、同い年のいとこと私も一緒にいれば双子のように扱われるほど仲良しだった。伯母の一家は心から私を歓迎してくれていたし、私もめったに出来ないお泊まり体験を楽しんでいたのだ。
 ……それなのに私は、唐突にべそをかきながら「わたし、じゃま?」と訊ねて伯母を面食らわせた。午後には母が迎えに来て東京に帰る、最後の日の朝だった。伯母は掃除機をかけていた手を止めて玄関先で近所の友達と遊んでいたいとこのところへ私を連れて行き、どうして麻衣ちゃんも入れてあげないの、といとこを叱った。
 いとこは別に私を仲間外れにしたのではなかった。入れて、とひとこと言えば私も混ぜてくれただろうに、私が勝手にひとり離れていたのだ。あのときの気持ちを今でも忘れることができない。疎まれているというのは思い込みにすぎないと、まして口に出して問うたところでどうしようもないと子ども心にわかっていた。それでもやりきれなさをどうすることも出来なくて、理不尽にぶつけてしまった苦い気持ち。
 初めて「居場所がない」という気分をおぼえたのは、多分そのときだ。

 私はいつでも好んで外にいた。学校で、休み時間を過ごすのはたいてい廊下だったり中庭だったり使われていない空き教室だったりした。自分の教室の中に居づらいという程でもなかったけれど、とにかく外の方が居心地がよかった。授業が終わると同時に教室を出て、別のクラスの友達とばかり遊んでいた。
 そのほうが気分が楽だから勝手に外へ出ていただけで、強制的に追い出されていたのではなかった。その気になれば同じクラスにもお弁当を一緒に食べる相手はいたのだろうし、私ひとりが邪魔にならないくらいのスペースは狭い教室の中にもあった。
 まして世界は広い。この世のどこにだって、人ひとりが迷惑をかけずに生きるくらいの場所はある。それを居場所と呼ぶのだと、大学生の私は思っていた。私はどこにも所属していなかったので、大抵ひとりで構内を歩き、色とりどりのサークルのチラシをぼんやり眺め、「部室あります」「居場所がない人、歓迎」という謳い文句に向かって、居場所なんてどこにだってあるのに、とひとり胸のうちで呟いていた。カフェテリア、図書館、端末室、ラウンジ、木陰のベンチ。キャンパスの広大な敷地には、ひとりでぼんやりしていても誰からも咎められない場所がたくさんある。賑やかな笑い声にまぎれて、孤独を選んでいる風の平気な顔をした学生がひとりでいるのをあちこちで見かけた。私もそういうひとりだった。強がって平気な顔をしていた。
 仲間をつくれないならあきらめて、ひとりでいる自分を匿ってくれるお気に入りの場所を探すことだ。私はそういう空間を見つけるのは得意だと思う。

 一刻も早く卒業したいと思い続けていた大学を望みどおり出て以来、「居場所がない」という思いは強くなるばかりだ。世界は広いはずなのに、いざとなるとちっぽけな私ひとりが思い切り声をあげて泣けるだけの隙間もないのはどうしてだろう。息苦しい。
 必要とされていないとかされたいとか、ここに居るべきでないとか居させてとか、そんな大それたことは思わない。私がいなくなっても地球は何事もなく回るし、それは私がいたって同じことだ。いてもいなくても変わらないのだから大丈夫。不法侵入した訳でもないし、誰も私に立ち退きを要求したりしていない。私は正当な手続きを踏んだうえでここにいる。
 そんなことをどれほど自分に言い聞かせても、ときどき「わたし、じゃま?」と問いかけたくなる。アルバイト先の休憩室で、盛り上がっている酒の席で、狭いライヴハウスのフロアで、自宅の居間で、何度でもうるさく「わたし、じゃま?」と問いかけたくなる。
「ここにいていいよ」とゆるされている場所ではなく、「ここにいたい」と自分で選び取る場所こそが居場所なのだと、最近ようやく、わかった。

May I be with you?; 2004.08.17