夏休み

「誰にもただ一度だけの夏があるの」という、幼い頃よく聴いた歌の感傷的なフレーズが久しぶりに脳裡を過ぎった。
 灼けるように暑くなってくると私が必ず思い出すのは1997年、17歳だった夏だ。
 それは私にとって一度だけの夏だったと思う。

 大学受験は目の前に落ちる憂欝な影ではあったけれど、勉強以外何もしないでいることを許してくれる大義名分でもあった。バイトだの部活だのという煩わしいことを一切しないでよかったから、受験勉強をしていない受験生はこの世で一番暇な身分だ。
 時間は有り余る程有ったがお金は無かった私達は、毎日のように池袋で待ち合わせて西武百貨店の屋上へ上った。デパートの屋上に行くのなんて、子供の頃以来だったから、10年振りぐらいだったのだろうか。日曜日に親に連れてきてもらうのを楽しみにしていたあの頃の印象とは、当たり前だけどまるで違った。ショウウインドウに並ぶ商品はめまぐるしく変わっていくのに、屋上は何も変わっていなくて、デパートの階下の賑わいから取り残されたように寂しげだった。パラソルつきのテーブルと椅子が並べられ、フライドポテトやフラッペ、ソフトクリームを売る売店とそば屋があり、お金を入れると動く遊具がぽつんぽつんと置かれている。東京の、繁華街の真ん中にあるのに田舎のさびれた遊園地のようだった。そこだけは10年前から時間が止まっていたのかも知れない。
 真夏の屋外だというのに、案外人がいることに驚いた。ワイシャツを汗で背中に貼りつかせた、疲れた顔のおじさん、ルーズソックスの足をブラブラさせながらハンドミラーを覗きこんでいる女子高生、大きな荷物を抱えて小さい子を連れたお母さん、私達と同じで暇を持て余した人達。私達は夏の長い日が落ちるまでそこに居て、とりとめのない話をした。毎日毎日、よく飽きもせず話すことがあったなと思うが、何を話していたんだかもうよく覚えていない。売店のフラッペが美味しそうだったとか、彼女が冷やしとろろうどんをやけに食べたがっていたとか、覚えているのはそんなことばかりだ。

 出掛けていくところといえばそれだけで、あとは家で陸揚げされたマグロかなにかみたいに寝てばかりいた。何もする気がおきなくて、昼間は浅く眠り続け、その所為で夜になると目が冴える。白昼眠っていると奇妙な夢を見る。眠りと覚醒、夢と現実の境界がわからなくなりそうだった。そんなふうにずっと、私は宙ぶらりんになっていた。宙ぶらりんでぼんやりと揺れていた。

 親にライヴに行くことを禁止されていたのだが、私はありもしない夏期講習で帰りが夜遅くなるからと嘘を吐いて3回も行った。
 横浜アリーナと日本武道館2デイズ。GLAYを追っていた何年かの間で、HIT THE WORLDツアーが一番楽しかったと今でも思う。東京公演以外に地方に遠征して、ホテルに泊まってライヴのついでに観光までしたりしていた大学生になってから参戦したツアーと違って、全然余裕がなくて御飯も食べずに真っ直ぐ家に帰ってたのに。ライヴが始まる前に緊張と期待で死にそうになったり、ライヴ中理性を失くして跳んではねて踊って暴れたり、結果翌日筋肉痛になったり、あのときは心底GLAYを愛していて純粋にライヴが楽しくて楽しくて仕方がなかった。
「HOWEVER」が馬鹿みたいに売れていて、TVでもラジオでも街でもどこでもTERUの声が流れていた。不思議な思いでそれを聴いていた。

「……夏のコギャルのこととかそこでせっぱつまったこととか8月の終わりに夏のユウウツになったこととかひやしとろろうどんが食べたかったこととかライヴ後の脱水感とか劇の練習を見に学校に行ったこととか体育館の涼しい音響室とかがテレビをつければ必ずグレイが出てたことと一緒に思い出されてまたユウウツになってしまいます。……」

 私達は退屈で不安で怠くて無気力だった。さきに進めると思えなくて、さきに進みたいとも思わなくて、ただだらだらと過ぎていく日々を惜しんでいた。そのときの私達は決して幸福ではなかったのに、時が経てば経つ程あの夏は私の記憶の中でせつない幻想になってゆく。
 あれから4年も経っているのに、私はいつまでも高校3年生のときの夏休みが去年の夏のことだという錯覚にとらわれる。
そうして何かを失い、何かを手にいれて、私がいまの私になってしまう前の、あれは最後の夏だったのだ、きっと。

last summer; 2001.07.16