ヒットチャート

 歌、というか音楽CDを時計代わりに使うことがある。CDアルバム一枚を通して聴くと45分から75分、たいてい誤差十五分以内で一時間、その収録曲は平均すると一曲およそ五分。そんなアバウトな感覚で大ざっぱな時間をはかる。
 たとえば爪にエナメルを塗るときCDをかけて、聴きながらぼんやり乾くのを待ち、三曲終わったところで二度目を塗り重ねる。学生の頃は、試験の勉強やレポートに追われる深夜、演奏を終えて止まったCDをコンポから取りだして次の一枚と替えながら、また一時間経ったと思ったりしていた。

 歌番組を初めて意識して見たのは小学校の一年生か二年生のときで、ちょうどCDという音楽メディアが普及し始める頃だった(そう言えば私はレコードに針を落としたことがない。家にはカセットテープのデッキはあったが、レコードはなかった)。どういうきっかけで好きになったかは忘れたが、お目当ては光GENJIだった。当時私は夜九時就寝を厳守させられていて「ザ・ベストテン」を見られず、月曜日の「歌のトップテン」をよく見ていた。
 光GENJIはバカみたいに売れていて、「ガラスの十代」だっただろうか、当然のように一位にいた。他に南野陽子もランクインしていた憶えがある。その週のベストテンを、順位の並びも含めて私はとても好ましく思った。二十年近く前のことで理由も何も思い出せないが、とにかく好いと感じた。
 だから翌週になって微妙にその並びが変わり、ひと月ほどして十曲のほとんどが入れ替わったのが何となく寂しく、悲しかった。流行歌のヒットチャートで、ものごとが時間とともに移ろうということを私は最初に体感したような気がする。
 中学で既にTMNやXを聴いていた音楽好きの友人と出会ったのが1993年。土曜日の深夜に「カウントダウンTV」の放送が始まった年だ。友人に感化されて夢中で音楽を聴くようになってから、私は毎週激動するヒットチャートを楽しんだ。一般的な知名度がまだそれほどなかったルナシーが「ROSIER」でオリコン初登場三位にランクインしたときには興奮したし、その後ランク上位の常連になったグレイやラルク・アン・シエルの新曲が一位から徐々に(あるいは急激に)順位を下げていく過程は「歌のトップテン」を見ていた小学生のときと同じ感情を持って眺めた。

 小室哲哉が逮捕されたと報じられ、「凋落した時代の寵児」などとマスコミが騒ぐのを連日眺めていたら、ふいに涙が出てきて驚いた。私は彼と彼の音楽に特別な思い入れはないはずなのに。hideが亡くなり、聴いていたバンドが次々に解散した2000年前後にうっすら感じた「終わり」を、今度こそ突きつけられたように思ったせいだろうか。
 私の十代は90年代とほぼぴったり重なる。失われた十年と呼ばれているけれど、音楽だけはバブルで、ミリオンヒット連発も、メガバンドのスタジアムツアーやドームツアーも日常茶飯事だった十年間に思春期を過ごし、のめりこんで音楽を聴いた。TKいい加減売れすぎ、と言い放ちながらカラオケでtrfを歌った。流行になんか乗らないという顔をしながら四百万枚売れたグレイの「REVIEW」を買い、幕張の二十万人ライヴにも行った。1999年、90年代最後の思い出だ。
 すべてが随分変わってしまったように見える。時間の経過以上に。メガヒットが出なくなり、CD売上ランキングがダウンロードランキングになり、私自身CDショップにほとんど行かなくなった今、以前のキラキラしていたことばかりを思い出す。過ぎ去ったもの、今はもうないものだから美しいものだとわかっていても、喪失感は募るばかりで埋まらない。

 お小遣いを貯めて買ったCDをウォークマンで聴きながら、自分の聴きたいときに聴きたい曲を聴ける幸せを噛みしめた十四歳の夜。アルバムのいちばん好きな曲をエンドレスリピートして、「永遠を欲しがっても刹那を感じてる」というフレーズを、それこそ永遠に聴いていたいと本気で思っていた。
 あの頃には帰れない。帰れないのに、私は今でもあの頃と同じCDをかけながらエナメルを塗っている。いつまでこの曲をリピートしているのだろう、と思いながら。

90’s; 2008.11.09