/ 12月 21, 2020/ , 舞台

 これは小澤みゆきさん主催の文芸アドベントカレンダーの21日目の記事です。はじめまして、麻こと柳川麻衣と申します。

 テーマが「今年読んで良かった/印象深かった文芸作品を紹介する」ということで、ウィリアム・シェイクスピアの『コリオレイナス』にかこつけて、今年突然シェイクスピアにハマってしまった話をしたいと思います。

 私は十代から演劇が好きで、かつ大学の専攻は英文学を選んだのですが、シェイクスピアにほとんど興味を持てず、大学を卒業する直前まで「ハムレット」のあらすじもろくに知りませんでした。
中学のころ入っていた演劇部には「夏の夜の夢」の幕切れのパックの台詞を暗唱している友人もいたというのに、私はまったくピンと来ず……
 ハイナー・ミュラーの「ハムレットマシーン」経由で「ハムレット」をきちんと観て、シェイクスピアってすごいんだな、ということを理解し、近年は主にナショナル・シアター・ライヴで「マクベス」や「リア王」などを積極的に観たりしていますが、あくまで「勉強」という意識が強かったです。今年の4月の終わりにナショナル・シアターの無料オンライン配信NTAtHome  で「十二夜」を見たときも、まだ「勉強」という気持ちでした。

 そう、2020年はCOVID-19の影響で、チケットを取って楽しみにしていた推しのバンドの春先のツアーがまるごと吹っ飛び、どうしていいかわからなくなって、縋るように演劇やミュージカルのオンライン配信を観ていました。

 英語で上演された演劇を英語字幕を頼りに鑑賞する、なんて、私の英語力ではどう考えても無謀で、最初に挑戦した「十二夜」はWikipediaであらすじとキャラクター名を追うのが精一杯、細かい台詞の言い回しなどはほぼまったくわかりませんでした。
 そんなありさまでも演劇じたいのクオリティが高いからかNTAtHomeは面白く、「フランケンシュタイン」「欲望という名の電車」と頑張って観つづけていました。

 6月に配信された「コリオレイナス」は、ずっと以前に蜷川幸雄演出・唐沢寿明主演の舞台を映像で見たことがあり、武勲はたてられても統治者にはなれない、戦争しかできない英雄コリオレイナスの悲劇を忘れられずにいました。NTの舞台は主演がトム・ヒドルストンということもあって、配信が楽しみでした。
 ただストーリーもほとんど覚えていないこの状態で、何の準備もなく挑んでも何もわからないことは確実なので、ちくま文庫のシェイクスピア全集『コリオレイナス』を用意し、日本語訳を参照しながら臨むことにしました。


 結果、びっくりするほど夢中になりました。
 コリオレイナスとオーフィディアス、二人の男の関係があまりにも濃かった。

 死闘の末にローマに勝利をもたらし、しかしローマを追放されたコリオレイナスは、宿敵オーフィディアスのもとを訪れ、ともにローマに復讐しよう、さもなくば殺せ、とその身を委ねます。この場面(四幕五場)で、ハドリー・フレイザーが演じるオーフィディアスは、トム・ヒドルストン扮するコリオレイナスの喉もとにナイフを突きつけ、額にキスし、喉をかき切るふりをして熱烈にハグし、さらに唇にもキスします。
 その後の五幕三場で嘆願に訪れた妻ヴァージリアにコリオレイナスがいう台詞、

「ああ、口づけを、
追放以来久しぶりだ、復讐よりも甘い!
嫉妬深い女神ジュノーに誓って言おう、お前と
最後に口づけして以来、この唇は
純潔を守り通してきた」
(松岡和子訳『コリオレイナス』ちくま文庫 シェイクスピア全集14)

 これを聞いたとき、いやいやその前にオーフィディアスに唇を奪われてたよね……? などとつい思ってしまったのですが(すみません)、こういう細かいことに意識が及んだのは手元に日本語訳の戯曲があったおかげでした。
 正直、画面を見つつ文庫本を読みつつという中途半端な方法で集中できるのか疑わしかったし、実際かなりせわしなかったことは否めません。それでも、台詞を意識していたせいか結果的にはより理解できた気がします。
 その後、NTLアンコール夏祭りで日本語字幕つきの「コリオレイナス」を観る機会もあったけれど、出てきた感想は「戦闘後の血みどろのコリオレイナスが、舞台上でシャツを脱いで上半身裸になり、そのままシャワー(というか頭上から落ちてくる水)を浴びて傷の痛みに呻きながら血を振り落とす場面は映画館のスクリーンで観るにはちょっとエロスが過ぎる」「執政官になるために民衆に票を請う場面のコリオレイナス、ガウンが粗末すぎて布地が薄いのか、脚が透けて見えそうで必要以上にセクシー」などなど、だいぶしょうもない感じだったしな……

 戯曲、とくにシェイクスピアはテキストでは読みにくい、舞台で観るものだ、と強く思い込んでいましたが、配信を鑑賞したあと、せっかく手元にあるのだから……と通読した『コリオレイナス』はたいへん読みやすく面白くて、目から鱗がぼろぼろ落ちました。
 舞台だと、そのときどきの演出で台詞がカットされたり改変されたりするので、テキストを読んではじめてわかる部分もたくさんあるのですよね。

 たとえば「マクベス」は映像で何度か(市川右近が能楽堂で演じた舞台とか、いちばん最近だとNTLのロリー・キニア主演の舞台とか)観ているのに今ひとつ話がわかっておらず、The Shows Must Go On!で配信されたパトリック・スチュアート主演の「マクベス」の配信を、光文社古典新訳文庫の『マクベス』を片手に観てはじめて、あの有名な「きれいはきたない、きたないはきれい(Fair is foul, and foul is fair)」という台詞がどこに入るのかを知りました。一幕一場なんですね……
(ちなみに光文社古典新訳文庫の安西徹雄訳では「晴れ晴れしいなら 禍々しい 禍々しいなら 晴れ晴れしい」でした。おもしろいな~)


 また戯曲は読んでいないものの、ニコラス・ハイトナー演出のNTL「夏の夜の夢」や、お盆休みのあいだシネ・リーブル池袋に毎日通い詰めて観た「ホロウ・クラウン」にもかなり心を奪われました。
「ホロウ・クラウン」はシェイクスピアの史劇「リチャード二世」「ヘンリー四世」「ヘンリー五世」「ヘンリー六世」「リチャード三世」を時系列に沿って映像化したシリーズ作品で、めちゃくちゃにハマってしまい、あ~史劇の王たちの話がしたい……誰か……! と悶えていたところに刊行を知ったのが岩波新書の『暴君』です。もう喜び勇んで買いました。
 ちびちび楽しんでいるためまだ読み終えていないのですが、エリザベス一世の統治下でシェイクスピアが「政治」をどう描こうとしたかという話からはじまり、ヘンリー六世をとりまく派閥争い、いんちきに気づいていながらリチャード三世を担ぐ支援者たち、唆されて暴君になったマクベスなどを通して私たちが生きる現代を透かし見るような内容で、面白いだけでなくいま読むべき一冊だと思います。


 勉強、教養、というイメージで接してきたシェイクスピアにいざハマってみると、覚えたのはtyrantとか sovereign とかそんな単語ばっかりだし、2020年のエンタメのテンポ感を見失ってプロットがうまく作れなくなったし、身になったのか? と訊かれるとかなり微妙なところです。
 でも面白い。シンプルに面白い。
 供給もかなり多い(ハマってすぐ新国立劇場の「リチャード二世」と野田版「真夏の夜の夢」を観る機会に恵まれる)。
 シェイクスピアは……いいぞ……!

 文芸と言いつつほとんど演劇・映像の話に終始してしまいました。申し訳ありません……。
 申し訳ないついでに開き直って宣伝しますが、NTLアンコール冬祭り2020 がシネ・リーブル池袋で今月18日から開催中です。私がこの記事で推しまくっている「コリオレイナス」も12月25日から31日まで、「シラノ・ド・ベルジュラック」と日替わりで上映されます!!!! 外出がかなり厳しい状況下で、あまり大っぴらにおすすめもできませんが……こういう機会じゃないとなかなか観ることができないので……

 なお、私は文芸を読むだけでなく書くほうもやっていまして、挿絵がたっぷり入ってスマートフォンでの閲覧に最適化したレイアウトのカードノベルという形式で『オフィスに百合は咲きません』という出版社で働く女4人の婚活ドタバタ百合を書かせていただいています。電子書籍で全9巻、2020年3月に完結しました。
 これがこの12月から Yuri Will Not Blossom at Work! としてなんと海外配信されております。何かと英語・英国に縁のある一年でしたが、自分の文章が英語に翻訳されるとは……生きているといろいろなことがありますね……
 もしご興味がありましたらどうぞよろしくお願いいたします。


 それでは、文芸アドベントカレンダー21日目をお送りしました。
 22日は 天日干し式ミミズ(ぶんちんちゃん)≪宇宙になりたい さんです。

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